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香瑠鼓の即興人生

自分がどういう人間で、何をすべくこの地球に生まれてきたのか、最近になって何となく確信めいてきて、色々な仕事の楽しさが膨らんできた。

例えば、日本テレビの「CM大賞」という番組に出演した時、出演者の森三中に、「ポッキー」の別バージョンを振付した。まず、全くの即興で「オジサンにポッキーを売るためのCM」をひとつ創り、次に、別のタイプのCMを創ろうとした時のことだった。「森三中はもういいので、CMギャルでつくってみてください」と突然言われた私は、思わず「えっ?この人たちで?!」と口走った。しかし、即興によって、全く違うように見せる振付をものの3分ほどで創ることで、大きな拍手をいただいた。残念ながらそのシーンはオンエアされなかったけれど……

以前の私であれば、「こんな番組に出演するより、アーティストとしてやるべきことがあるのよ」的な自負が前面に出ていただろうし、賢そうに装って出演していたかも知れない。ところが、今回は、多少チャランポランではあってもツボをおさえて、きちんとこなした感じが伝わって嬉しかった。この時、私が成すべきことは「瞬間」「人の気持ち」「その場」の三点を即興で表現していくことだ!と強く実感させられた。

このようにして、関西テレビでも、「世界最強即興集団」をまんまとアシスタントに仕立て上げ、同様の振付に成功した。これは、踊りが上手とは言えない子を中心として丁寧に創り上げることで、いっそうの連帯感が生まれた。私が瞬時に質問を飛ばし、その答えを受けて振付けてゆく即興は、番組に出演した女子たちから「かなりテキトーかすごくとんでる!」と評された。この総評は、ある意味で即興を象徴しているように思う。

また、映画の振付で出かけた時、小さな女の子を喜ばせるために大人たちが踊るシーンを撮影した。踊る役の大人たちは、全員がそうそうたるメンバーだったのだが、この時も私は臆さず「世界最強即興集団」と同行した。この映画の監督は、自分の世界が寸分の狂いもなくキッチリと出来上がっているため、「この1.7秒でみせてくれ」という撮り方を要求する鋭い人だ。「嫌われ松子の一生」も、この撮り方で0.1秒の隙もない位完璧に撮り上げた。

だが、今回は違った。「なんか地味」と評されたため、すぐ、役者に、即興で表現する部分を入れて振付し直した。それでも、「覇気がない」「ぜんぜんダメ!」とまで言われてしまった。それではと役者たちは腹をくくった。本番になると、「世界最強即興集団」は役者たちの前に立って、必死に即興で踊り狂った。役者にもその波動が伝わっていった。子どもを笑わせるため、馬鹿になり切って真剣に踊っていただいた甲斐あって、「すごく良かった。頭悪そうで」と、シャイな監督らしいシニカルな表現で喜んでいただくことができた。ああ、良かった!

その撮影の途中には、女の子がライトにぶつかり、転んでしまうアクシデントがあった。軽いやけどをしてしまったため、女の子は泣いてしまった。「できるよ、できるよ。すぐ撮影しても大丈夫よね」駆け寄ると私はずっとその子の傍についていた。子どもを笑わせる踊りのシーンだというのに、この事故で、現場はすっかり緊張モードに包まれてしまった。

撮影が「待ち」の状態となった時、踊る大人役のひとりだった女優の土屋アンナさんが女の子に近寄って来て「おばさんサァ、もう年だから、踊ると疲れちゃって。休めるからちょうど良かったよ!」と声色を変えて、いかにもオバサンっぽく告げたのだ。女の子は微笑み、私も安堵した瞬間であった。待っている役者さんたちも辛いだろうと考えた私は、元気になってもらえればと、本番前におかしな踊りを披露することにした。子どもたちは笑い、現場の空気が和んでいった。

このアンナさんの言動は、見事な『即興力』の成せる業であろう。アクシデントを受けて、彼女が「オバサン」を演じるという機転をきかせることで状況の見方が一変し、流れが変わった。それに呼応するように、私の身体が動き、アンナさんと私の即興がシンクロして、現場の雰囲気を変えることに成功した。そして、今やアンナさんは私のことを「姐(ねえ)さん」と呼び、私も「アンナさん大好き!」という嬉しいおまけまで付いてきたのだ。

私が今感じている『即興力』とは、この、『ものの見方を変える力』である。それが『人間の魅力をひきだす力』であり、ひいては、『コミュニケーションを円滑にしていく力』になろうかと思える。

私のバリアフリーショップでは、障害をもつ多くの人々と健常者とが、一体になって踊る。すると、全員一丸となっている中に、独りでブツブツいいながらみんなの周りをグルグル回っている子がいたりする。そんな時、「みんな一生懸命踊っているのに、あの子独りで何やってるの?!」と感じるのが普通だろう。そして、調和を図ろうとして、ひとつの固まりに入れさせようとするに違いない。でも、そこで見方を変えることができれば、とびっきり面白いキャストになる!

もし、そのシーンが「マッチ売りの少女」ならば、マッチを売りたくてウロウロしている少女に見立てて「買ってあげるよ」と近づけばいいことだ。「シンデレラ」ならば、舞踏会に行きたくても行かれなくて、その場を回っている「かわいそうなネズミ」かも知れないし、「宇宙飛行士」だったなら、昔の惑星が回っていると判断して、調査すべく接近するのは当然の任務となる。

このようにして、『即興力』は、思いついた設定を、すぐさま声と踊りという目に見える形で演じることが可能だ。私のワークショップでは、もう既にこのようなシュールな状態でお客様にご覧いただいている。より観賞に値する創作にするため、日々精進し、さらなる努力を重ねていこうと思う。

『即興力』は、日常生活にも活用できる。当たり前の決まりきったやりとりで会話が終わったり、相手から戻って来る答えがよめてしまうと、なんだか急につまらなくなってしまうことがある。俗に言う「話がみえみえ」の状態だ。そんな会話に飽き足りない私は、『即興力』を発揮して、相手に、遊び心たっぷりのボールを投げかけてみる。そして、相手からも思いもよらないおかしな変化球が返ってくれば、想定外の言葉遊びを楽しむこともできるだろう。

たとえ、言葉のひと言、行動のひとつでも、相手の存在を否定することなく、すべての人の内面から発せられる何かを感じとり掬いとって、輝きあるものへと昇華させてゆければ理想的に思える。そんな強い力が『即興力』には秘められていると私は信じている。
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by lampslodge | 2007-07-03 13:31 | 2007